◆IL DIVO◆ モーツァルト 「戴冠ミサ曲 ハ長調 K.317」

W.A.Mozart "Coranation Mass"
URL : http://papalin.yas.mu/W503/
◇公開日: 2006年5月28日
◇連続演奏時間: 24分07秒
◆録音日: 1994年9月 (33歳)
◆上記の英語の曲目名をクリックする
と、Papalinの音楽サイトに直行でき
ます。
ミサ曲 三部作の最後を飾るのは、そして、一連のPapalinの録音ライブラリのまともな作品の最後を飾るのは、レクイエムに続いて同じくモーツァルトのミサ曲です。レクイエムは未完成に終わった曲でしたが、こちらの戴冠ミサ曲は、自筆の楽譜によるものです。曲の大きさは、時の権力者によって、短くすることを求められていたようで、24分程度の小さなミサ曲です。
合唱を続けていたことの成果が安定感として少しだけ現れたようにも思うのですが、それは自画自賛というものでしょうか。相変わらず、可愛らしいソプラノでございます。もちろん、すべてPapalinの多重芸当による作品です。
【曲目の解説】
これは先人が書かれたものをそのまま拝借しましょう。こちらです。
ちょっとだけ補足をしましょう。上にも書きましたが、モーツァルトの時代は、一般の市民が楽しめる音楽といったら酒場のダンス音楽か民謡だけだったのですね。ですから、市民が聴くことのできるオーケストラの響き、ソリストの美声、清らかな合唱、それらは教会においてだけだったのです。こういう背景があって、18世紀に入ると、ミサ曲は何回複雑な対位法を用いた曲から、民衆が喜ぶ判りやすくて美しい和声をもった曲想へと変わって行きます。そうしますと、この素敵な"音楽"を聴くために教会に集まる人がどっと増えたのです。貴族階級しか聴けなかったオペラも、あたかもオペラのようなミサ曲でのきれいなアリアで聴けるようになったのです。
さあ、そうなると世の常で、民衆が教会を音楽鑑賞の場として居座ってしまうのも考えものと、時の皇帝ヨーゼフ2世は「すべてのミサを45分以内に終わることが出来るように短く作曲するように」と御触れが出たのです。そんな背景から、モーツァルトのミサの音楽はみな30分程度に収まっているのです。・・・ミサの礼拝はミサ曲の演奏だけではありません。
【演奏】
ソプラノ独唱 エマ・カー首ー
メッゾ・ソプラノ独唱 キャサリン・呂瓶
テノール独唱 ジョン・マーク・エイン刷リー
バス独唱 マイケル・ジョー児
合唱 ムトウテツヤズ荘厳聖歌隊
演奏 ムトウテツヤーズ宮廷合奏団
指揮 Papalin男爵芋
【聴きどころ】
録音当時、Papalin男爵芋は、ミサ曲の研鑽に余念がなく、テキストであるラテン語の発音に関してもうんちくをたれておりました。今では、ラテン語の発音がどうであったかは想像するのみですが、男爵芋は、現在のイタリア語とドイツ語にその影があるという説を支持し、ドイツ語的発音に統一して歌われています。例えば、Kylie Eleisonは、キリエ・エレイゾンと。Agnus Deiは、アグヌス・ディのようにです。
1)キリエ
合唱を始めて丸3年が経ちました。発声が少しまともになってきました。
ハ長調の安定したハーモニーで始まる冒頭。続くソリストたちの独唱の連続において、それらは示されます。専門のテノール・・・・・頑張っていますね。
2)グローリア
オーケストラ泣かせの曲です。合唱に頑張ってもらって、ちょっと後ろに下がって演奏しているのにお気づきででしょうか。Domine Deus...の美しさ。もちろん楽曲がです。最後のAmenの4人のソリストによる連唱も素晴らしい。実に美しいグローリアです。栄光あれ。
3)クレド
リコーダー・オーケストラは悲鳴を上げています。アルペジオ・パートの楽器は、低速録音&定速再生の技で凌いでおります。ここでもハーモニーは豊かな響きを示しています。 Et incarnatusからの、不協和音にも似た複雑な和音が、心の落ち着きを取り戻したかのように歌われます。 Pontio Pilatoに至って、その信心深さはピークに達します。再び心地よい爽快なテンポに戻り、歌唱陣もそのテンポに乗っての名演です。
4)サンクトゥス
Sanctusの朗々とした合唱と対比するがごとくの、急速なHosanna in excelsis。短い曲ですが、ドラマがあります。オーケストラの最後の「溜め」もいいですね。
5)ベネディクトゥス
Benedictusには、どうして名曲が多いのでしょう。合唱冥利に尽きると申しましょうか、気心の知れあった4人の独唱陣のハーモニーは、まさに祝福そのものです。
6)アニュス・デイ
冒頭でAgnusの発音について書いておきながら、アニュス・デイと書くのも変ですが、ご容赦願います。少し、いやかなり疲れの見えるソプラノの独唱ですが、神に憐れみをこう歌としては逆にその姿が効果的とも言えるかもしれません。カデンツァについてはノーコメントです。
中ほどから、聴き覚えのあるメロディがやってきます。そうです、キリエ・エレイソンのメロディですね。モーツァルトがこういう手法を使っていたために、あの未完のレクイエムを、弟子のジュスマイヤーが同じ方法で書き上げたのですね。
最後の2フレーズ、同じ音形のリピート。それは1回でもなく、3回でもなく、2フレーズなのです。簡潔にして、華麗であり、ザルツブルク大聖堂での演奏を前提に、各演奏家たちの位置まで考えて作曲された曲の締めくくりです。素晴らしい。モーツァルト、恐ろしい人。
みなさまのご感想を、コメント欄に是非書いてください。
【写真】 1994年 旅行先で、数ある掻き捨てる"恥"の中の一枚っす。
リコーダー |
多重唱(合唱) |
この記事へのコメント
ゆうべは、この「戴冠ミサ」と同じく、モーツァルトの「レクイエム」を聴きながら就寝したaostaですが、今朝はおかげさまで、無事目を覚ますことができました(笑)
そして、いつも通りブログを開いたら、この「戴冠ミサ」のアップ!
朝から、とても幸せな気分になりました。
この曲の中でも、私が特に好きな”クレド”と”アニュス・デイ”。
Papalinさんのこのふたつの演奏、とても素敵です。
もちろんこの2曲に限らず、どれもみな二重マルなのですが、歌もリコダーの伴奏も素晴らしくて朝から、うっとり・・・
今朝は天気予報が当たって冷たい雨です。
庭仕事にせかされることなく、ゆっくり楽しませていただきました。
「可愛らしいソプラノ」ですか?
いえいえ、なかなかどうして、美しいソプラノだと思います。少なくとも今までの「レクイエム」やブルックナーに比べて安定してきた感じがいたします。
荘重なオーケストラの伴奏で始まるこの、「キリエ」。
papalin版では最初から清冽で静粛な合唱で始まるのですね。といっても、ティンパニがないだけで、あとは素晴らしいリコーダーが、オーケストラに負けない伴奏です。
ソプラノとテノールの独唱で、歌い交わすところ、美しいです。ソプラノに無理がありませんね。Papalinさんが、気持ちよく伸びやかに歌われているので、聴いている私の心も、ゆっくり呼吸をしているような気持ちになりました。
そして静かな重唱が、穏やかなアルト・リコーダー、控えめなソプラノ・リコーダーと呼びかけあうようにして終わっていく、その終わり方にも余韻があります。
そうそう、重唱に入る直前のソプラノ・リコーダーのトレモロ、素敵です。
最初に一曲にして、すでに首まで、はまりました。
歓喜に満ちて神の栄光が高らかに歌われる曲。
生き生きとしたメロディー、軽快なテンポ。「アレグロ・コン・スピリト」
ここでも「スピリト」が出てきました。
以前の、テレマンでしたっけ、「スピリト」の意味を教えていただきましたね。
きびきびとめりはりのある美しい「グロリア」です。
ここで、時間になってしまいました!(泣)
そろそろ、娘を起こさねばなりません。
このまま「クレド」に突入してしまったら、今日の午前中はすべて、この「戴冠ミサ」に奉げなくてはならなくなるでしょう。
ということで、午後になったら、もう一度戻って参ります(笑)
おはようございます。
昨日は、この曲の準備を途中までして、ダ・ヴィンチ・コードを娘と一緒に観に行ってしまいました。映画についてはMamalinのブログの「グレイパール」にちょっとだけ書きました。
夜遅くなってしまったので、解説は殆どなしでアップしました。今日ちょっと補足をしたいと思います。本文に書き添えます。CDのライナーノーツのような解説ではなくて、大勢のPapalinたちによる演奏の聴きどころみたいなものをね。
でも、雨模様のうっとうしい日に、気分がよくなってもらえてよかったです。
本当ですかぁ? でも嘘でも嬉しいです。どうもありがとうございます。
そうでした、aostaさんは僕の身に余る鑑賞の感想を述べて下さるのでした。パスワードを伝えますので、本文への加筆をお願いしたいです。(笑)
キリエ...仰る通り、まずは安定してきたというのがおわかりかと...おっと、ここで書いてしまうと、本文が書けなくなってしまう~~~。
> papalin版では最初から清冽で静粛な合唱で
> 始まるのですね。
ということは、違う版をご存知ということですか? 僕は知らないです。
グローリアは、各作曲家が、各作品が、どれだけ賛美できるかを競う曲のように思います。モーツァルトの戴冠ミサ曲は、果汁で言ったらグッと凝縮されて、身体で言ったら、贅肉はそぎ落とされた筋肉質の無駄のない"賛美"だと思います。
「午後」のつもりが、この時間になってしまいました。
開いてびっくり。今朝の簡単な説明が、しっかり書き改められて、ヴォリューム・アップしています。
・・・こちらを読んでから、コメントしたほうが良かったかしら、と少し悔やまれます。
”Papalin版”の件です。
レクイエムのように、ジュスマイヤー版や、モーンダー版、はたまたランドン版があるわけありません(笑) ただ単純に、Papalinさんの歌とリコーダーによる演奏と言う意味での”Papalin版”です。
あしからず・・・
「ソプラノ独唱 エマ・カー首ー」
これってエマ・カークビーですよね、もちろん。
以下、
キャサリン・呂瓶→キャサリン・ロビン
ジョン・マーク・エイン刷リー→J.M.エインズリー
マイケル・ジョー児→マイケル・ジョージ
で、よろしいのでしょうか?
このキャスティングによる演奏があるのかしら、と本気で探してしまいました。
何を基準に、このメンバーになさったのでしょう?
興味のあるところです♪
>アルペジオ・パートの楽器は、低速録音&定速再生の技で凌いでおります
これを拝見して、ほっといたしました。
もし、これが実際の演奏だとしたらそれこそ「神業」です!それにしても、これだけ早いテンポの曲をラテン語で歌ってしまう、(それも重唱で)Ppapalinさんには、やはり驚かされます。
普通でしたら「練習を重ねて」可能になることがPapalinさんの場合、ほとんど、ぶっつけ本番でOKと伺っています。信じられません(驚)!
>Et incarnatusからの、不協和音にも似た複雑な和音が、心の落ち着きを取り戻したかのように歌われます
本当に仰るとおりですね。
”クレド”、「使徒信条」とも呼ばれ、教会のミサや礼拝の時、必ず唱えられる決まった形の言葉ですが、この”Et incarnatus”が、この中でどの言葉に該当するものなのかわかりません(哀)
Pontio Pilato(これはわかります)の前の言葉とすれば、「主は聖霊によりて宿り、処女マリアより生まれ・・・」のあたりになるのでしょうか?
それとも「使徒信条」の始まりなのかしら??
その前後の軽快とも言えるメロディー、リズムと対照的なEt incarnatusから、Pontio Pilato以降の深く内省的な静謐に満ちた音楽。
深くひざをかがめて祈るような曲、心の奥底に降りていくような曲です。
そしてpapalinさんの演奏、素晴らしいハーモニーですね。伴奏と歌とのバランスも素晴らしいです。
歌自体、ほとんど完全なハーモニーといっても良いくらいの完成度だと思います。
聴いていて、胸が痛くなるような祈りを感じます。
本当に素晴らしい「クレド」です!!!
>1751年の聖霊降臨の大祝日後の第5日曜日(6月4日)にローマ教皇ベネディクトゥス14世により、その戴冠の儀式があらためて行われ・・・
奇しくも、今年の「聖霊降臨節」(ペンテコステと言います)は同じく来月6月4日です。
この「聖霊降臨」は、移動祝日であるイースターを起点として数えるので、イースター同様毎年変わります。
その意味で、今日この文章を拝見したときは、その偶然に驚きました。
「戴冠ミサ」の由来としての真偽はともかく「聖母マリアの戴冠」は、幾多の名画にも描かれているモチーフのひとつですね。
「サンクトゥス」
穏やかで、暖かな感謝の溢れる曲想。
迷いや憂いのない、静かで充足した慎ましさ、といった雰囲気が”ホザンナ”と歌い始めたとたん、一変します。
それまで、秘められていた歓喜がはじけたようです。
ここでも、前回と同じ「低速録音&定速再生の技」による演奏なのでしょうか。
特に、バス・リコーダー(?)の豊かな低音が印象的です。そして、これらリコーダーの先導によって、静から動へと一瞬のうちに劇的に高揚するところがすごく効果的です。
「間」が生きていますね。
おはようございます。
昨夜は少々具合が悪く、早めに休みました。
Papalin版ですか。リコーダー伴奏っていうのだけとってみても、世界的にユニークな作品ですね。
全問正解です。素晴らしい、エクセレント!
ポリドールから1993年に発売になった同名のCDの布陣です。クリストファー・ホグウッド指揮/エンシェント室内管弦楽団の演奏...当時のミサ典礼の習慣に合わせて、グローリアとクレドの間に、教会ソナタが演奏されるという、珍しいCDです。(もちろん、お気に入りです)
不順なお天気が続いていますものね。
また、雨の中お仕事でもなさっていたのでしょうか。
お大事に。
Et incarnatus est de Spiritu Sancto ex Maria Virgine : 精霊の手によって処女マリアより肉体を受けられ、人間となられました。(石井宏・訳)
aostaさんの仰る通りの場所です。
ミサ曲は例えばドイツ語で歌われるブラームスのドイツ・レクイエムなどを除けば、全て歌詞(典礼文)は同じなので、一曲歌えば、言葉の問題は解決します。それにしても、口がまわらないクレド。大変だったには違いありません。リコーダーの低速録音、ソプラノの3度下での録音、どこかに"ペ"がつく天使♪さんがいらっしゃいましたが、まるで"ペ"がつくPapalinですね。(笑)
ありがとうございます。嬉しいですね。
僕は、アヴェ・ヴェルム・コルプスやモテット以外の、いわゆる完備された形のミサ曲を3曲録音しています。ご承知の通り、①フォーレ、②モツレク、そしてこの③戴冠ミサです。
①は、合唱を何も知らないPapalinの演奏、②は、合唱が面白くなってきた頃の演奏、そして③は、合唱団退団間際の演奏です。それなりに進歩の跡が見えますかね。あれから十年になるんですね。果てしなく上手くなっているかというと逆。忘れてしまいました。ですので、天使♪さんのレッスンがありがたいのです。
モーツァルトは、何の戴冠式を念頭にこの曲を作曲したのか。現在では、1779年の復活祭のために書かれたのではないかと言われています。以前の説:ザルツブルク近郊の丘の上にある聖処女の像の戴冠のお祝いのために作られたとされていた説を支持する人はいません。そして、モーツァルトの曲の編曲も手がけているリチャード・モンダーは、1791年9月のプラハでの戴冠式に使用したのが「戴冠式ミサ」という名前の由来とする説が支配的です。
史実はどうであれ、この曲がオペラティックともいえるようなキラキラした輝きを持っている素晴らしいミサ曲であることに変わりはなく、Papalinもそこに魅力を感じています。
僕が支持していて、師事っせて頂きたいなぁと思っているAngelさんは、音楽で大事なことの一つに「間」をあげていらっしゃいます。確かに、御意って感じです。特にこのサンクトゥスのような、静から動へ、動から静へ変わる、一瞬の「間」・・・すごく大事な"音楽"だと思います。褒められたと思っていいですか?
昨夜は10時頃まで出かけていて、帰宅して缶ビール(レギュラー・サイズ)を一本飲んだら、頭が割れるような痛さに見舞われ、ソファでぐったり。Mamalinにバッファリンを2錠もらって、しばらく横になっていました。
今朝起きた感じでは、大丈夫そうですので、ご安心を。(?)
>1993年に発売になった同名のCDの布陣です。クリストファー・ホグウッド指揮/エンシェント室内管弦楽団の演奏
なるほど、実際にこのメンバーによるCDがあるのですね。ホグウッド、エンシェント室内管弦楽団と来ればPapalinさんのお気に入りは」、当然ですよね。
エマ・カークビー、やはりホグウッド指揮によるモーツァルトのレクイエム、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」を聴いて以来、気になるソプラノです。
「クレド」とは、「使徒信条」と呼ばれ「カトリック」「プロテスタント」を問わず、同じ言葉で言い表される「信仰告白」です。
そうですか、合っていたのですね。安心いたしました。全文の内容からして、ポンテオ・ピラトの前と言うことになると、この文章しか思い浮かばなかったのです。
もちろんです!!
この「サンクトゥス」に限らずどのパートも素晴らしい演奏だと思います。
おそらく、一気に全速力で駆け抜けるようにして録音されたであろう、この「戴冠ミサ」。
歌にしても、リコーダーの演奏にしても、一糸乱れぬハーモニーの美しさ。
気持ちの中で「ここ!!」と思ったとき、その「間」の呼吸が「ぴたり」と合ったときのゾクゾクするような感覚。
Papalinさんの音楽への高揚する想いが、そのまま伝わってくるような素晴らしい演奏だと思います。
知ったかぶりして、間違っているかもしれませんが、エマ・カー首ー(しまった、勝手に変換される~!)もといカークビーは、いわゆる古楽の演奏家(歌い手)として素晴らしいと思っています。ベルカントとは違った、ビブラートのない、澄んだ発声。より古いクラシックの作品にはもってこいかと思います。
素晴らしい。全文の意味を把握されている...素晴らしいことです。
僕が、英単語が解らないときに、前後の意味からその単語の意味を推察してしまうのとは...、ちょっと違いますね。(笑)
天使♪さんが仰っていました。「音楽で大事なものの一つが"間"。この"間"は、なかなか習得できない人もいます。アンサンブルを組むときに、"間"が異なる方と行うときには、非常に苦労します。」
アマチュア音楽屋のPapalinにも、この話はよくわかりました。実体験もしていますしね。
そこで、このオーケストラと合唱団ですが、全員の"間"が、不思議なことにピッタリなんです。質の高い音楽ができて当然です。(タカビー!)
>全文の意味を把握されている...素晴らしいことです。
まさかPapalinさん、ラテン語で全文を知っていて、なおかつ、その意味を把握しているなどと言うわけではありませんよ(笑)
知っているのは、日本語のみ。
けれども、この「日本語の使徒信条」は、毎週の繰り返しの賜物でしょうか、しっかり頭に入っています。
もう一度、ゆっくり聴いてから書かせていただきますね。
そうでしたか、早とちりでしたね。でも日本語でしっかり意味を把握されていれば十分ですよねって私が言うまでもありませんが。
ということは、ひょっとしたらラテン語(のミサ通常文と死者のためのミサ)は僕の方が詳しい? そんなわけはないか。あはは。
ドントマインド。
ベネディクトゥスは、モーツァルトのレクイエムでも、フォーレのレクイエムでも、そしてこの戴冠ミサ曲でも、素晴らしい曲ですよね。僕はひょっとしたら一番好きな曲かもしれないと今思いました。
というわけで、じっくり聴いていただき、コメントして下さいませ。ちなみに僕はこのベネディクトゥスの演奏で十分に酔える泥酔家です。(自意識過剰)
穏やかな親和力に満ち溢れたメロディです。
高みから降ってくる小鳥のさえずりにも似た、ソプラノ・リコーダーの音色。Papalinさんの素晴らしい
4声による美しいハーモニー。
うっとりと聞き惚れていると、突然のホザンナ!
はじけるようなその一瞬のあと、再び最初の穏やかな曲想に戻り、ホザンナとベネディクトゥスがあたかも交唱のように繰り返されてこの魅力的な曲は終わるのですね。
Papalinさんのぴったり呼吸の合った重唱と、軽やかに舞うようなリコーダーの演奏が、この曲をいっそう美しいものにしています。
モーツァルトがこのミサ曲をハ長調で作曲した、一番美しい結晶の一つが、この「ベネディクトゥス」かもしれません。
>Benedictusには、どうして名曲が多いのでしょう。
実感いたしました。
もっとも美しい調性、それがハ長調のような気がします。バッハのインベンションを聴いても、グノーのアヴェ・マリアで有名な第一番ハ長調が素晴らしいです。(ハ短調も好きですが)
ベネディクトゥス、歌詞は...
「主の御名のもとにきたるものは祝福されるだろう。点ノン高きところにホザンナを。」
これだけですね。しかも、穏やかな曲想のところは、最初の文のみ。心の平安、平穏、落ち着き、そんなイメージで歌ってみました。
もう一つ付け加えなくてはならない特徴があります。この曲は内声(アルトとテノール)のデュエットで始まって、次いでソプラノがオブリガート、最後にバスが、つまり外声が後から出てくるのです。憎らしい演出です。アルトに旋律を...。普段は地味な合唱団のアルト歌いも、うかばれますね。(笑)
ピアノ伴奏はお母様。
この曲はしばらく弾いていないから・・・と言いながら素晴らしい弓使いで
この美しい曲を演奏してくださいました。
「聴いてくれる人がいるのなら、いつでも弾きたいの」突然のリクエストに嫌がりもせず応えてくれた彼女はまだ高校3年。観客はご家族を含めて5人。
照明を落として星と月明かりの中で聴いた「ラフォリア」。
いつものように彼女の演奏には、微笑みと抑えきれないな音楽への思いがあふれていました。
穏やかで、幸せな晩でした。
素晴らしいですね。ヴァイオリンのために書かれた曲ですが、実はリコーダー用に編曲された楽譜があります。危害がありましたが、もとい、機会がありましたら、僕の演奏も聴いて下さい。基本的にはヴァイオリン版と同じですから、伴奏をお母さまに頼めたら嬉しいですね。
Papalinさんの「ラ・フォリア」ぜひ聴かせて頂きたいと思います。。
今回の「戴冠ミサ」で、リコーダーの魅力に改めて気づかされました。
リコーダーの音色がパイプオルガンに似ていることは、知っておりましたし、その音を出す仕組みからも納得できることではありました。
でも今回、通奏低音のように鳴っているリコーダーがまるで、弦楽器のように聴こえてくるときがあって、驚かされました。
リコーダーって、本当に多様性のある楽器なんですね。独奏でも、伴奏に回っても、その美しさが損なわれることはありません。
管楽器の中では、おそらくもっともシンプル、人が始めて手にした楽器の、一つの原型のようなもの。
人の「呼吸」が、そのまま形になった楽器のような気がします。そして、シンプルである分、奏者の技量や音楽性がそのまま見えてしまう、怖い楽器であるようにも思えます。
でも、papalinさんのリコーダーを聴かせて頂いてから、リコーダーへの認識が大きく変わったことは事実です。
Papalinさんの「ラ・フォリア」いつか必ず聴かせてください。
>伴奏をお母さまに頼めたら嬉しいですね。
これも、大丈夫だと思います。
お願いしておきましょうか?(いそいそ・・・)
うわ~、仰るとおりなんです。恐くて吹けませ~ん。お腹の支えが出来ていないと音は揺れるし、油断すると無神経な音になるし...。
実はオルガンに似ていますが、オルガンのようなハモッタ音にするには、精緻な耳と、狙った音程を出せる技量が必要なんです。構造は至って簡単な楽器。でも美しい演奏は至って難しい楽器です。
That sounds good!
リコーダー版はト短調(g-moll)です。ヴァイオリンの調とは違うかもしれませんね。
?????
清らかなソプラノ、しんと心が澄んでくるような独唱です。
「アニュス・デイ」と歌われる、前半の穏やかで、呼びかけるような憧憬に満ちた旋律。
「ミゼレーレ」から始まる、憂いと深い祈りの旋律。
この二つの旋律が絡み合うように展開するこの独唱部分の美しさには比類がありません。
続く「ドナ・ノビス・パーチェン」の合唱。
まるで、いくつもの教会の鐘が鳴り響くように歌われるこの合唱は、快活で生き生きと繰り返されます。
聴いていて、心が躍りたくなるような喜びと賛美が、想いの中でどんどんクレシェンドして終わるこの曲。
なんて、素晴らしいんでしょう!
モーツァルトが一番輝いていた頃の作品ということでしょうかね。Papalinも一番油が乗っていた時期だったかも知れません。違う意味で今は油が乗っていますが...。(笑)
Kylieのメロディを持ってきて、Dona nobis pacemと歌わせる辺りは本当に心憎いですよね。
もちろん、本当の女性の声ではないですから音の響きが不十分ですが、いやいやなかなかどうして、素晴らしいですね。ホントに。
今度Papalinさんの作品をCDに焼いてもらいたいなぁと思います。
いらっしゃいませ。
そしてお聴き下さってありがとうございます。
まともに・・・聴いちゃったのですね。(笑)
でも、これもPapalinの足跡の一つだから、
本人は可愛いわが子のようなものですわ。
CDですか?
オープンガーデンで販売(用に用意はしたのですが、あまり売れませんでした・・・涙)したもの・・・(URL参照)・・・なら作れます。メッセージでお便り下さい。100セットくらいですか? 申告免除範囲内ですね。(大笑)
またお越し下さい。
アニュスデイのカデンツァがすごかった。あそこは,オリジナルでアドリビウムがあっても確かにおかしくないと思いました。
Barl-Karthさん、ありがとうございます。
そしてようこそお出で下さいました。
私のファルセットの歌を聴かれたことは、幸か不幸か。(^_^;) 昔はファルセットが出たんですけど、テナーの頭声との引き替えで失ってしまいました。残念ですが、もう戻らないので、これは下手くそですが貴重な録音です。(^-^ )
あの場面はやっぱりカデンツを期待してしまいますよね。ソプラノの美しいカデンツを聴きたいものです。
秘曲(ヨヘンネス バプティスマなど宗教小品集)を公開する予定。
Barl-Karthさん、ありがとうございます。
スカトロ路線ですね。(^_^;)
公開されたらまたお知らせ下さいませ。
ぺこ <(_ _)>
Lubbykko-san, Thank you very much.
Please enjoy yourself !
この戴冠ミサが、今年の定期演奏会メインの曲に決まりました。Papalinさんのところに、あるに違いないと、探してみました。
いつもながら、すごいことやっていますね。(^o^)
これから、何度も聴かせて頂いて、参考にしたいと思っています。
ブログの記事にも、近々する予定です。その時にこちらにリンクさせてもらおうかと、思っています。よろしく!!
沙羅さん、ありがとうございます。
いいですね、それ。(^-^ )
僕が子供の頃に新しい曲を知るのには、親が買ってくれた60枚のクラシックのLPレコードで探すか、タイマーをしかけて録音したエア・チェック・テープのインデックス(もちろん自分でルーズリーフに書き出した目次です)を探したものです。
現代だと、きっと普通の人はGoogleなんかで検索して、YouTubeなんかで聴くのでしょうね。
でも、Papalinのサイトで探してくれたってのが嬉しいなぁ。僕のサイト、そんな使われ方をされるのが、一つの目標でもありましたし、あります。とてつもなく多い作品を独りで多重録音なんてできませんが、それでも、僕は死ぬまで、現役のアマチュア音楽家でいたいと思っています。(^_^;)
IL DIVO PapalinでチェックしてからプロのCDを買う・・・。いい流れだなぁ。もちろんリンクOKです。とにかく、嬉しかったのです。(^-^ )