雨  (礼拝で賛美演奏を)

 まぁ言ってみれば自主休校のようなもんです。(笑)

 昨晩から雨が降り始め、今朝も小雨が。仕方なく(?)、今日は木工細工はお休みにしました。材料も濡れちゃったし、濡れていては、ペンキも塗れないしね。

 で、午前中には、昨晩決めた「八ヶ岳中央高原教会」の復活後第3主日の礼拝に出席させて頂き、リコーダーの演奏と、聖歌隊に潜り込んで一緒に歌を歌わせて頂くことにしました。

画像 今日、教会にお邪魔しましたらば、画像のようにプリントが出来ていましたが、ちゃんと「前奏」のところに、名前を入れてくださってあるではないですか。ちょっとビックリしながら、『神の御子にいます』をリコーダーで演奏させて頂きました。また特別賛美では、『感謝します』という素敵な歌を一緒に歌わせて頂きました。男声は僕一人でしたので、ちょっと緊張しながらの歌でした。

 それにしても、この教会の礼拝は、何と沢山の音楽に包まれていることでしょう。画像のプログラムでマーキングしたところは全て音楽です。こんなに音楽に満たされた礼拝というのはどうなのでしょうか、Papalinは他の教会を存じ上げないので何とも言えないのですが、全くの感覚で申し上げることを許されるのでしたら、それはまるで音楽の楽園のような礼拝だと思いました。特別な人が音楽を奏でるのは、前奏と後奏、それに今日は特別の特別賛美のみです。あとは参列者みなで歌います。皆が歌うというのがとても素晴らしいことです。僕が礼拝に参加させて頂くようになったきっかけも、宗教音楽に興味をもっていたことからでしたので、こうした姿を見ますと、本当に嬉しい限りです。

 この教会に集まって来られる方たちは、みな異口同音に、私のリコーダー演奏について、感想を直接私に伝えて下さいます。中でも、Papalinの吹くリコーダーの音色が好きですと仰られると、恐縮しながらですが、嬉しく思います。音楽で大事なのはまずは"音"だと思っています。常々書いていますが、"音"とか"声"自体に魅力を感じない音楽は、コーヒーの入っていないクリープのようなもので、まったく耳に残りません。そう思っていますので、これはPapalinには、最高にして最大の賛辞なのです。嬉しいです。本当に嬉しいです。

 最後になりましたが、怪我で入院されていたフロイラン牧師が退院され、今日から車椅子で礼拝を執り行われるようになられたのは喜ばしいことです。

 僕はフロイラン先生に初めてお会いしたときに、こう伝えました。そして先生からのお返事が、今でも忘れられないのです。

   Papalin 「私は信仰のことは何もわかりませんが、キリスト教の音楽
         非常に興味を抱いております。隅っこで結構ですので、礼拝
         またはミサに参加させても宜しいでしょうか?」

   フロイラン先生 「どうぞ、歓迎しますよ。あなたは何も知識をもってない
         のではありません。既に音楽という神と交わす言葉を備えて
         いらっしゃる。そのことは素晴らしいことです。」

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 ちょっと欲張って、雨上がりもしくは小雨の中の、美しい植物達を紹介しましょう。まずこれは、我が家のオーチャード・ガーデンに植えられたプラムの花です。放射状に広がって咲く真っ白な梅のような花がとってもきれい。

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 そしてこれは、隣接する林の唐松の芽吹きです。目を見張るような緑色。

画像


 最後は、連日登場の石楠花です。雨に濡れて、また美しくなりました。

画像



【写真1】 2006年5月7日 八ヶ岳中央高原教会 主日の礼拝
【写真2】 沢山の実をつけるには沢山の花がさかないとね。プラム。
【写真3】 唐松が一年で一番美しい一週間でした。唐松の芽吹き。
【写真4】 雨で思ったほど色落ちはしませんでしたね。石楠花。

この記事へのコメント

aosta001
2006年05月08日 05:26
Papalinさん、おはようございます。

 もう一箇所、マーキングすべきところが残っていますよ(笑)。
「特別賛美」とアーメン斉唱の間、「「頌栄」541番「父御子御霊の」が落ちています。
ちなみに、これは「ちちみこみたま」と読みます。
 父、子、聖霊の三位一体を表す言葉です。

>それにしても、この教会の礼拝は、何と沢山の音楽に包まれていることでしょう
 そう、私も、初めてこの教会に伺ったとき、まったく同じことを感じました。
ただ歌(音楽)が多い、というだけでなく歌うこと演奏することを愛し、大切にしているのです。

礼拝が始まる前、いろんな楽器が音をあわせているとき、聖歌隊は歌の最後の確認をしている・・・
 ピアノ、ヴァイオリン、リコーダーといったさまざまな楽器の音色、歌声が渾然一体となったこの時間が好きです。私にとって、これから始まる「音楽」を予感させるどきどきする時間です。
aosta001
2006年05月08日 05:36
「メイデンズ・ブラッシュ」というアルバ系の薔薇がありますよね。
ほんのりピンクのこの薔薇の名前は、「おとめのはじらい」という意味だそうです。
雨にぬれたpapalin家の石楠花もまた「おとめのはじらい」を感じさせる淡く、初々しいピンク色ですね。
2006年05月08日 07:20
◆◆ 「父御子御霊の」が落ちて... aostaさんへ

 おはようございます。そして、これはまた失礼致しました。時間のあるときに画像を更新しておきます。

 昨日は全くコンサートがまさに始まらんとする情景でしたね。aostaさんの所属する聖歌隊が教会の2階で歌の練習をする中で、Papalinは牧師夫人のピアノと最初で最後の合わせをしていました。音はいろいろぐちゃぐちゃしていましたが、何だか懐かしい風景だなぁなんて思いながら合わせました。
 僕が演奏した曲は、4月16日の復活祭主日礼拝で演奏した曲です。僕も、牧師夫人も、あのときよりはかなり大胆に"音楽した"、"演奏した"のですが、aostaさん、聴いていて気づかれました? ふたりとも即興に近い演奏だったのですよ。こういうの大好き。お互いが持っている音楽観がストレートに出てくるから。
2006年05月08日 07:24
◆◆ おとめのはじらい... aostaさんへ

 僕の回答が既に目に浮かんでいることでしょう。乙女の恥じらいという言葉は文語だと思っています。昔の日本人にはありました。今はどうなのでしょう。

 石楠花の開花したてのピンク色、aostaさんが仰るとおり、Papalinは大好きです。花がですよ(?)
2006年05月08日 12:58
キリスト教徒ではないけれど、ミッションスクールに通っていたわたしは、チャペル礼拝が大好きでした。聖歌が好きでした。パイプオルガンの音色が大好きでした。そしてハンドベルを演奏する機会を2回得ました。

また、クリスマスにミサに行こうかなぁ~って今、また、思ってます。
aosta001
2006年05月08日 17:01
>僕も、牧師夫人も、あのときよりはかなり大胆に"音楽した・・・

Paplinさんのリコーダーが前回の演奏とは、どことなく違うなとは感じていました。
ほとんど、練習時間がなかったにもかかわらず(何といっても、お願いしたのは前日土曜日の夜でしたものね)
練習不足を感じさせない、いきいきとした喜びに満ちた演奏でしたね。
お二人とも、即興に近い演奏だったと伺って合点がいきました。なめらかなグリサンド(?)も、何回か“現れては消え、ちょっと、テンポを変えてははまた現れる。
 前回が襟を正した“正装”の演奏だとすれば、今回はもっと自然体で、軽やかな心持ちさえ感じるような演奏でしたね。教会での演奏だからといって、しゃちこばる必要はないと、私は思っています。
 アメリカのバプテスト教会などに見るゴスペル、身体全体で表現しているのは神様への感謝であり喜びです。
その思いを表現することに「形」はあまり意味のないこと。ましてやPapalinさんにとっての「音楽」は“音楽という、神と交わす言葉”にほかならないもの。
aosta001
2006年05月08日 17:01
牧師婦人も、それを理解したからこその「即興演奏」であったのではありませんか?(牧師婦人の“即興演奏”など、おそらく今回が始めてですよ!)
とっても、素敵なリコーダー演奏でした!
2006年05月08日 19:32
◆◆ 礼拝が大好き... ちゃみちゃんへ

 こんばんは。Papalinもキリスト教徒ではなくて、本当はこんなところで色々書くことももしかしたら失礼に当たるのかも知れませんが、Papalinが通っている教会は本当に音楽の宝庫。パイプオルガンこそありませんが、小型のオルガン、クラヴィノーヴァ、ピアノの鍵盤楽器に、ヴァイオリン、フルート、オーボエ、リコーダー、そしてヴォイス・アンサンブル。素晴らしいです。

 クリスマス・ミサ...昨年はじめて出席する機会がありました。クリスチャンがどれだけ神を愛しているか、それは計り知れないと思いました。大切な礼拝の一つです。ちゃみちゃんも是非またどうでしょう。
2006年05月08日 20:02
◆◆ 合点がいきました... aostaさんへ

 違いに気づいて頂けたのですね。
 バロック音楽までの時代は、楽譜からinspireされて、即興に近い形で装飾する...というのが、演奏家に必要とされる重要な技量だったようです。まぁ言ってみれば、昨日はそれを実践したまでのことです。

 でもね、これは良い意味で書きますので、誤解しないで頂きたいのですが、ソロ楽器と伴奏楽器でアンサンブルをする場合、伴奏楽器側に旋律が来るとき以外は、ソロ楽器側に曲想を委ねるのが一般的です。今回でいうなら、リコーダーを演奏する僕が主で、ピアノ伴奏が従。ところが、フロイラン牧師夫人が、大胆に仕掛けてくるんですよ。

 「旋律さん、こういう伴奏に乗せて吹いてみたらいかが?」って、本番で仕掛けてくるのです。(驚)
2006年05月08日 20:03
◆◆ 合点がいきました... aostaさんへ2

 大抵の方は、こういうことはしないし、されたら困るだろうけれども、僕はこういうのがとても好きで、特にバロックまでの音楽だと、同じか同じようなメロディが2回以上登場することが通例なのです。ですから、演奏家は2回目以降は同じようには演奏しないのです。何か装飾するんですね。ですから、牧師夫人からの仕掛けに、僕は2度目にややテンポルバート(テンポを揺らすこと)で、装飾も変えてみました。これも音楽の重要な楽しみだと思っています。ただし、百人とかの大人数では無理ですよ。2人とか3人です。
2006年05月08日 20:08
◆◆ 牧師婦人の即興演奏... aostaさんへ

 そうですか。"仕掛けた"なんてお下劣な言葉を使ってしまって、いけなかったですね。でも、いい意味の駆け引きは、音楽に程よい緊張感をもたらします。

 昨日気づいたことがあります。
 Papalinは専門はバロック音楽でした。だから、何度も何度も練習して、打ち合わせた通りに演奏するのが苦手なんです。Papalin流に言わせていただくと、それは"演奏"ではなくて"再現"なのです。

 そうだ、そういうことだったのだ。リコーダーでルネサンス期~バロック期の音楽を演奏している頃は、こういう緊張感があったんだ。
2006年05月08日 20:10
◆◆ 牧師婦人の即興演奏... aostaさんへ2

 牧師婦人、もとい、牧師夫人。
aosta001
2006年05月09日 21:10
>"仕掛けた"なんてお下劣な言葉を使ってしまって、いけなかったですね

牧師夫人という言い方ですと、なんだか固くなってしまいますが、普段私たちは○○子さんと親しく呼びかけています。まだお若くて朗らかなとてもチャーミングな方。
「仕掛ける」という言い方から想像される大胆さからは、実のところほど遠い方です。
ほとんど「私」の時間がないのではと心配になるほど、「牧師夫人」としてのお仕事は多忙を極めます。
寸暇を惜しんで、オルガンやピアノの練習をなさり、遠方に住まいする高齢の信者さんの送り迎えに忙殺され、
教会を訪れる国内外のお客様をもてなされ、一体いつ休まれるのだろうかといぶかられるほどです。
 どんな些細なことにも心を砕き、決して緊張が緩むことのないたいへんなお役目を、いつも笑顔でこなしていらっしゃる彼女、でも、時にとても「お茶目」です。
彼女がいて、この教会が回っていることを感謝の気持ちとともに実感いたします。
2006年05月10日 06:30
◆◆ たいへんなお役目... aostaさんへ

 はい、それは見ていてもわかります。フロイラン牧師の右腕兼左腕、そして牧師が入院なさっておられたときは、牧師そのもののお役目も。多忙極まりない方ですね。でもおちゃめなことも存じています。降誕節の聖劇でそのキャラは拝見しました。僕以上です。

 そういう方と、音楽で駆け引きして楽しむ...僕は良いことをしたのかなぁ。(笑)

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