◆IL DIVO◆ 幸いなるかな、悲しみを抱くものは (ドイツ・レクイエム)
≪生演奏を公開しています≫

Selig sind, die da Leid tragen,
URL : http://papalin.yas.mu/W508/
◇公開日: 2010年8月7日
◇演奏時間: 9分55秒
◆録音日: 2010年8月 (49歳)
上のアルファベットの曲目名を
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ドイツ・ロマン派ともなりますと、音楽は重厚長大になります。バッハのロ短調ミサ曲が大きな作品とは言っても、和音の重さは全然違うと思うのです。
ブラームスのドイツ・レクイエム、オーケストラ譜を私は見ていませんが、ピアノ伴奏譜だけをとってみても、モーツァルトなら使わない音(和音を充足する音)がぎっしり詰め込まれているといった感じがします。
伴奏はリコーダー・カルテット、つまり四重奏に拘ってみました。ピアノ譜だけでも最大で同時に11個の音を鳴らす楽譜なので、当然のことながら、かなりの音を間引くわけです。どの音を間引くかは重要なことなのですが、計画なしに即興で間引きます。そうしますと、ブラームスの音楽の骨格を垣間見ることができるのですね。一方で、こうすることによってブラームスらしさが失われてしまうとも言えるかもしれません。次の曲以降も四重奏でブラームスが表現できるかどうかはわかりませんが、ミックスダウンでは合唱を前面に押し出していますので、オーケストラの音の厚さは、さほど気にならないかもしれません。できるだけ四重奏に拘ってみたいと思っているところです。
さて、この曲と直接関係するお話ではないのですが、ロマン派の音楽をリコーダーで演奏するに当っての、私の勝手な思いがあります。それは、それぞれの時代の音楽に使われる音の大きさの幅(デュナーミクの幅と言ってもいいでしょう)に関してです。音量の幅を、リニアに0~100で表すとするならば・・・
ルネサンスの音楽は、30~40
バロックの音楽は、30~50
古典派の音楽は、30~60
ロマン派の音楽は、10~90
こんな感じがするのですね。
これに、楽器の特徴を合わせますと、
リュートは、30~33
チェンバロは、30~30
リコーダーは、33~37
トラベルソやバロック・オーボエが、30~40
金管楽器がせいぜい、40~50
つまり、ロマン派の音楽の音量のうち、10~32 および 35~90は、リコーダーでは表現できないわけです。それをあたかもそれっぽく聴かせるためには、音の輪郭や表情、さらには演奏者の表情を含むボディ・ランゲージだとかが必要になるわけですね。
私は一体、何を書いているんだろう?
何を伝えたいんだろう?
まぁいっか。
伴奏楽器
ソプラノ モーレンハウエル グラナディラ
アルト メック 黒檀
テナー 全音 桜
バス メック 楓
グレートバス キュング 楓
コントラバス キュング 楓
大勢のPapalinたちによる多重録音にて、お聴き下さい。 <(_ _)>
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この記事へのコメント
う~ん。わからないことはないんだけど、不幸のなかのちょっとした救いは、おみくじに例えると、小吉ってところですかね。
ichiさん、ありがとうございます。
歌詞を載せますね。
悲しんでいる人たちは幸いである。
彼らは慰められるであろう。 【マタイ5-4】
涙をもって種まく者は、
喜びの個をもって刈り取る。 【詩篇126-5】
種を携え、涙を流して出て行く者は、
束を携え、喜びの声をあげて帰ってくる出あろう。 【同-6】
コメントを順番に埋めていこうと思っていたのですが、ここに来て言葉につまってしまったわけです。正直今の私にこのレクイエムの世界にどっぷりつかって感じ入る余裕がないのです。
音楽も好きですし、最初からPPで入っていく入魂の作品に共感するところは大きいのですが、どうしても聴きながら違うことを考えてしまう。孤独の中でからしか優れた芸術は生まれないとは良く言ったもので、聴くほうもそれなりの孤独が必要なんだろうかなどと考えています。
ichiさん、ありがとうございます。
いやいや、お気にすることなかれです。
順番に埋めていこうという、そのお気持ちが嬉しいですねぇ。
普段のichiさんだったら、何かしら自戒しないコメントも浮かんだことでしょう。今回は、ご本人がお書きの通り、ハングリーさが欠如したためでしょう。引く手数多のようで、羨ましいっすな~ぁ。