◆IL DIVO◆ マショー / すべての花々のうちで ほか

≪生演奏を公開しています≫

画像
Guillaume de Machaut (c1300-1377) / Motet, Lais, Virelai, Ballade, Rondeau
URL : http://papalin.yas.mu/W018/#M031

  ◇公開日: 2011年2月2日
  ◇演奏時間: 39分23秒
  ◆録音日: 2011年2月 (まだ49歳)
   上のアルファベットの曲目名を
    クリックして、Papalinの音楽サイト
    からお聴き下さい。(視聴?・試聴?)



マショーが、沢山の作品を残しています。
それは、彼が生前に自分の作品を
作品集として出版しているからです。

印刷技術のまだない当時において、
これはかなり意図的なことです。
そして、音楽史においても、自らの作品と
名を残そうと考えた音楽家は、
きわめて例外的でした。

マショーという人、策略家だったのかもしれませんね。


ノートルダム・ミサのような宗教曲だけでなく、ここのあるような世俗曲(レー、ロンドー、バラッド、ワィルレーなど)も残しています。貴婦人へのメランコリックな愛の幻想や、滅び行く騎士道を懐古する歌などです。これらの曲には、ある音を一時的に半音上げたり下げたりする臨時導音や、シンコペーション風リズムが使われました。また「ダヴィデのホケトゥス」では、小節(後世に演奏上の理由からできたものですが)の頭が休符というパターンが沢山出てきます。今日私たちが親しんでいる、小節の頭は基本的に強拍という"常識"からすると、これは違和感を覚えますね。


ついでと言っては申し訳ないのですが、ノートルダム・ミサ曲も、こちらに持ってきました。

まうかめ堂さんの楽譜を借りて、ルネサンス・リコーダーで演奏した7番を加えました。(2011.5.18)



楽譜は、CPDL(ChoralWiki)から拝借しました。


Papalinの多重録音で、お聴き下さい。m(_ _)m


曲目と楽器編成

 1. バラード すべての花々のうちで  De toutes Flours (ballade)           A・T・B
 2. ダヴィデのホケトゥス          Hoquetus David                  T・T・B
 3. ロンドー 終わりこそ わが始まり  Ma fin est mon commencement (rondeau)  T・T・B
 4. 恋で はちきれそうなのに       Riches d'amour et mandians d'amie      A・T
 5. 5,1,13                 Cinc, un, treze                   A・B
 6. ご婦人よ 見つめないで        Dame, se vous n'avez aparceu         S・A・B
 7. ロンドー 終わりこそ わが始まり  Ma fin est mon commencement (rondeau)  A・A・B



使用楽器

    ソプラノ    竹山    (メイプル 415Hz)
    アルト     鈴木    (ボックスウッド 415Hz)
    テナー     竹山    (メイプル 415Hz)
    バス      ヤマハ   (メイプル 415Hz)

 7のみ
    ソプラノ    モーレンハウエル (キンゼカー 440Hz)
    アルト     モーレンハウエル (キンゼカー 440Hz)
    テナー     モーレンハウエル (キンゼカー 440Hz)
    バス      モーレンハウエル (キンゼカー 440Hz)






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この記事へのコメント

ichi
2011年02月03日 12:25
**ダヴィデのホケトゥス・・・

山田くんホーホケキョという映画がありました。今週BSでアメージングヴォイスという番組をやっていて毎晩なんとなくみていますが、世俗曲は楽譜に書かれた音楽でなくて、後から音を重ねていく人のノリというか重なっていくときの高揚感が好きです。楽しいですね。
Papalin
2011年02月04日 07:14
◆◆ 世俗曲は・・・・・楽しいですね。

ichiさん、ありがとうございます。
この時代も、後の時代も、宗教曲は作曲者と神との対峙ですから、きっと真剣そのものでしょうね。いろんな制約というかルールの下に作られている、その時代の技巧を一歩先んじて作曲されている、いわばコンテストに応募するような作品たちです。一方の世俗曲はそういうところから解き放たれた"楽しみ"が反動的に現れているというのもあるかと思います。

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