◆IL DIVO◆ 『ピアノ音楽史』 アーペル著 (中世末期)
≪生演奏を公開しています≫
"Masters of the Keyboard" by Willi Apel (1) Late Medieval
URL : http://papalin.yas.mu/W705/#M111
◇公開日: 2011年12月09日
◇演奏時間: 5分52秒
◇録音年月: 2011年12月 (50歳)
上のアルファベットの曲目名を
クリックして、Papalinの音楽サイト
からお聴き下さい。(視聴?・試聴?)
音楽史に興味を持って、パリシュの本に掲載
された楽譜を一通り演奏し終わりましたら、
次なる書物が必要になりました。
こういうのを、世間では中毒と呼びます。
ネットで"音楽史"のキーワードで検索しましたら、前回の本の兄弟分のような本が引っ掛かりました。
『ピアノ音楽史』
早速、古本を注文し、それが手元に届きました。当然ですが、譜例が満載されている本を探したわけでして、その条件にぴったりな本が届いたというわけです。
服部幸三さんの訳による訳本が発行されたのが昭和32年。私はまだ父と母の中に分かれて存在していた頃です。服部さんによる日本語タイトルは『ピアノ音楽史』ですが、中を読みますと、このタイトルは的を得たタイトルとは言えません。そう感じて原語(英語)のタイトルを見ましたら、"Masters of the Keyboard"でした。当然ですが、この方がしっくり来ます。扱っているのは、狭義の意味のピアノのための音楽だけでなく、いわゆる鍵盤楽器のために書かれた音楽の歴史を対象としています。そして当然、私はそういう本が欲しかったのです。ということで、日本語タイトルは『鍵盤音楽史』にしたら良かったのに・・・とも思いましたが、昭和32年という時代がそうさせたのかも知れませんね。
さて、恐らく私が興味を持つのは、いわゆる世に"ピアノ"が登場する前の音楽、およそモーツァルト以前の鍵盤音楽です。ですので、この本に掲載されている全ての譜例を演奏するかどうかは、甚だ怪しいのですが、とりあえず第一のパラグラフに掲載されている曲は演奏してみました。ご多聞にもれず、目からウロコ・・・がありました。ということで、お付き合い下さいませ。
本はこちらになります。
ちなみに、私がゲットしたのは、昭和44年の第4刷で、当時の定価は1000円とありました。
1. ロバーツブリッジ写本から <オルガン・エスタンピー> (1300年代)
Robertsbridge Codex / Organ Estampie (1300s)
私は、鍵盤楽器用の音楽について、重大な誤解をしていたことがわかりました。それは、鍵盤楽器の由来にも関係するのですが、その起源についての誤解でした。そしてもう一つ、目から鱗だったのは、鍵盤楽器は最も楽譜の形と一体化しており、自然で単純化されたものだということです。
まずは前者です。ピアノの基本原理が登場したのは1700年頃です。従来の他の鍵盤楽器の地位を奪ってピアノ本来の楽曲が作られるようになったのが1770年頃、つまり"ピアノ音楽史"としては、まだ240年なのですね。一方"鍵盤楽器"として考えると、そのルーツはやはりオルガンです。人工的に風を送って吹き鳴らす管と、風を入れたり止めたりする装置のキー(鍵盤)を持った楽器としての起源は、何と紀元前500年頃のギリシアまで遡るそうです。これには驚きました。IL DIVO Papalinのサイトで紹介している最も古い音楽:セイキロス(1世紀の音楽)よりも600年も古い時代にオルガンがあったということが、まずもっての驚きでした。
さて譜例の第一曲目は、この曲でした。グレゴリオ聖歌がそうであったように、オルガン音楽も「伝承」で伝えられてきました。今日我々が、オルガン音楽として認知できる(すなわち楽譜が残っている)のは、1300年代まで時を進めなければならないようです。この「ロバーツブリッジ写本」に掲載されている楽譜の曲は、オルガン用の多声音楽です。この本での最古の曲が、多声音楽です。当たり前のことなのですが、私にとっては目から鱗でした。5度が多用されているのは、今まで私が演奏してきた中世音楽の特徴でもあります。もう一つ驚いたのは、この曲も拍子が途中で変わる曲です。この時代には楽譜でいうところの小節はなかったでしょうけれど、それにしても、この自由さ・・・と感じました。
2. ウィンドスハイムの写本から ルドルフ・ヴィルカン タブラチュア譜 (1432)
Windsheim's Transcription / Tablature of Ludolf Wilkin (1432)
1325年から1432年までの百年を越す期間の資料は、この本が執筆された当時は何もなかったとのことです。ですが、著者はオルガン音楽のスタイルの発達という観点では、殆ど問題はないと言っています。つまり、この百年間にはオルガン音楽としての発展は殆ど見られないということです。"幼稚な"という形容詞さえ使っていました。この曲はその1432年の写本からの曲ですが、1曲目との差は確かに感じませんね。目を転じて、同時代の声楽曲を考えてみますと、やはりこのオルガン曲は稚拙に思えます。著者はその理由を---音楽の中心から離れたドイツで書かれたものだったから---としています。競争原理が働かなかったからということでしょうか。
3. アダム・イーレボルク / <オルガン・プレリュード> (1448)
Adam Ileborgh / Organ Prelude (1448)
現存する最古のプレリュード、それは15世紀の修道院長イーレボルクが書いた写本に見られます。これは彼が作曲した作品で、"新しい様式"で書かれたもののようです。確かに拍子らしいものは全く感じ取れませんね。
この作品では、原本の譜と現代譜の両方が載っています。原本の方は、その美しさにしばし見とれてしまいます。一方の現代譜は機能を追求した結果だからか、美的なものは感じません。普段の生活では機能を重視する私ではありますが、こと音楽に関して言うと、自分が機能的な楽譜でしか演奏できないことに、幾許か無念さを感じます。
ちなみに、原譜の音符の下に書かれている、CGDF・・・は、左手で演奏する音を指すようです。それが現代譜でのように、和音として演奏されるのですから、"新しい様式"なのかも知れませんね。そしてまた、そのルールを発見した近現代の学者さんもすごいですね。
4. コンラド・パウマン(1410-1473) <心からあなたに祈る>
Conrad Paumann(1410-1473) "Mit ganczem Willen Wünsch ich Dir
この曲は、随分と洗練され、進化したもののように感じます。その一つは和音が美しく違和感なく決まっています。明確な3拍子もリズム感に満ち溢れていますね。
5. ブクスハイム・オルガン曲集から <オルガン・プレリュード> (c1475)
Buxheim Organ Book / Organ Prelude (c1745)
このプレリュードには、ドラマというか、物語を感じます。前に登場したイーレボルクのプレリュードと同じように、自由な雰囲気で始まるのですが、その後にまるでバッハのコラールのような重厚な和音による部分が来て、さらにまた自由に音楽が展開されて曲を閉じます。ABAの形に似ています。こうした曲では、オルガン特有のストップ(栓)が活躍したようです。
6. ブクスハイム・オルガン曲集から <バウムガルトナーのオルガン曲> (c1475)
Buxheim Organ Book / Baumgartner Organ Composition (c1745)
この曲を聴きますと、左手で弾く和声は非常に美しいのですが和声の進行がいかにも中世だなと感じます。現代だったらここはフラットをつけるだろう・・・という音がフラットなしで進んでいます。
これで中世末期の譜例は終わるのですが、リコーダーで演奏して感じたことがあります。
一つは、中世の音楽は楽器による違いよりも、中世の音楽そのものが支配している部分が大きいのかなということです。音楽を横方向に(音の進行方向に)見ると、声楽もオルガン曲もそう大きな違いは感じられませんでした。
二つ目は、まるで反対のことを言うようですけれど、オルガンという楽器の持つ特性---冒頭にも書きましたが、楽譜と演奏スタイル(手の形)が非常にマッチしていること---を活かした音楽になっているということでした。右手の動き、左手の動き、それらが無理なく自然であろうことは、鍵盤楽器を弾かない私であっても想像がつくものでした。
そして三つ目は、この時代の鍵盤音楽はオルガンで演奏されたものです。続くルネサンス時代からは、チェンバロやクラヴィコード、そしてピアノが登場してきます。つまり、音が減衰する楽器に遷移していきます。オルガンの音楽は、構造的によく似たリコーダーでの演奏と馴染むということも感じました。6つの曲とも、バス・リコーダーとグレートバス・リコーダーで演奏できたというのも、ちょっとした驚きでしたね。
中世の音楽って、ある意味では現代音楽と同じで、新鮮でいいなぁと思うのです。
Papalinの多重録音でお聴き下さい。m(_ _)m
曲目
1. ロバーツブリッジ写本から <オルガン・エスタンピー> (1300年代)
Robertsbridge Codex / Organ Estampie (1300s)
2. ウィンドスハイムの写本から ルドルフ・ヴィルカン タブラチュア譜 (1432)
Windsheim's Transcription / Tablature of Ludolf Wilkin (1432)
3. アダム・イーレボルク / <オルガン・プレリュード> (1448)
Adam Ileborgh / Organ Prelude (1448)
4. コンラド・パウマン(1410-1473) <心からあなたに祈る>
Conrad Paumann(1410-1473) "Mit ganczem Willen Wünsch ich Dir
5. ブクスハイム・オルガン曲集から <オルガン・プレリュード> (c1475)
Buxheim Organ Book / Organ Prelude (c1745)
6. ブクスハイム・オルガン曲集から <バウムガルトナーのオルガン曲> (c1475)
Buxheim Organ Book / Baumgartner Organ Composition (c1745)
使用楽器 (440Hz)
バス メック メイプル
グレートバス キュング メイプル
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この記事へのコメント
たまきさん、ありがとうございます。
誤解を生む書き方をしてしまいました。実はここで取り上げている曲は、ウィリ・アーペルが著した『ピアノ音楽史』という本に掲載されている譜例でして、その本の英語での原タイトルが"Masters of the Keyboard"なのです。ですので、そのまま使わせて戴きました。アーペル氏は、この本の執筆に先立って、「ピアノ音楽の歴史」という講演(1944年)を8回に分けて行い、その内容を元にして出版用に手を加えて、この本に至ったようです。本には"a brief survey of pianoforte music"という副題もついています。
こんなところで宜しいでしょうか?
masterは どう訳すんでしょう;; masters of the keyboardは 鍵盤の熟達者??タイトルだから 変わった訳を当てなくてはいけないのでしょうか。。。
音楽史 では a history of music しか思いつかなくて。史は annals とか a chronicleとか 辞書には出て来ました。
副題は「ピアノ音楽の概観」でいいのでしょうか。。。
たまきさん、ありがとうございます。
ここでのMasterは、"主要なもの"とか"基本となるもの"のような意味なのでしょうね。本のタイトルや、映画のタイトルもそうですが、まともに(字面通りに)訳してしまうと、間が抜けた感じになってしまうものがあります。そこは、翻訳家さんの腕の見せどころなのではないでしょうか。それともう一つは、"History of Keyboard"というタイトルだと、どこにもありそうですよね。それを"Master"とするだけで、この本にいっそう箔が付くような気がします。
副題の方は、私は"鍵盤楽器の簡単な調査に基づくもの"くらいの意味で捉えています。(^^♪