◆IL DIVO◆ ヨハネス・マルティーニ / ミサ・ククー
≪毎日がコンサートの本番です≫
Johannes Martini (c1440-c1497) / Missa "Cucu"
URL : http://papalin.yas.mu/W048/
◇公開日: 2013年6月13日
◇演奏時間: 35分12秒
◇録音年月: 2013年6月
上のアルファベットの曲目名をクリックして、
Papalinの音楽室でお聴き下さい。(視聴・試聴)
西洋音楽をそれと特徴づけているいくつかの理由の中で、
最も大きなものは、キリスト教という宗教と密接な関係を
持ちながら発展してきたことにあろうかと思います。古典派
以降はその特徴が薄らいでは行ったものの、2000年近く、
共に歩み発展してきたことは確かでしょう。その宗教的な
音楽の中で、特に注目したいのがミサ曲です。宗教の典礼
であるミサのために、あるときは政治的指示により、創作が制限されたりもしながら西洋の音楽家がこぞって作曲してきたミサ曲。何が凄いかといいますと、どんな作曲家でも固有のテキストに音楽をつけてきたという点です。
例えば私たち日本人に置き換えて考えてみますと、我が国は大陸の影響を受けながら雅楽というものが誕生しました。その雅楽に、ある固有の歌詞が付けられたものがあったとして、それが延々と千年規模で新たな音楽として誕生し続けてきたということになります。例としてはふさわしくありませんけれど、例えば日本人の誰もが知っている曲(残念ながら歌詞とは言えませんが)、「さくらさくら」。この「さくらさくら」の歌詞をテキストとして、時代を問わず、日本中の作曲家がこぞって新たなメロディや音楽を作って来たということを想像して下さい。
さて、初期ルネサンス音楽の時代、フランドル楽派と後に分類された作曲家、マルティーニのミサ曲を演奏しました。実はこのミサ曲はフランドル楽派の特徴というよりも、一つ前の時代の楽派として分類されるブルゴーニュ楽派の特徴を示しています。そしてさらに古い中世ゴシック期の音楽の特徴であったランディーニ終止なども至るところに登場します。少し時代を遡った作品だったのでしょうか、マルティーニの初期の作品だったのでしょうか。
今回用いた楽譜は、小節線のない楽譜(それでもスコア形式にされたトランスクリプション)でした。安易な気持ちから、初期ルネサンスの頃のミサ曲を演奏したい(あわよくば歌いたい)と思って選んだ曲なのですが、譜読みにかなりの時間を要しました。当時の人は恐らくパート毎に書かれた楽譜を使用してこれを歌った(しかも現代譜でなくネウマ譜に近い音符の表記で)のですから、尊敬してしまいます。それに、作曲家自身もスコア形式で書くのではなくて、現代に例えるなら、いきなりパート譜を書くようなものです。頭の中を見てみたいとはこのことですね。歌い手以上に作曲家を尊敬してしまいます。
"Cucu"というのは、間違いなくカッコーの鳴き声でしょうけれど、キリエから最終曲であるアニュス・デイまで、主にテノールのパートに登場します。リコーダーでもテノールで演奏していますので、耳を集中させて見てください。それでもって、この"Cucu"ですが、カッコーの鳴き声に忠実に3度の下降音型を用いているせいか、いくつかの場面で他のパートとの半音でのぶつかりがあったり、ときに和声の中で異質な音として響く箇所があります。作曲家はそうしたことを知って書いていると思うのですが、ルネサンス時代に入っても、音楽においては構造的なことが重要(というか全て)であるという考え方の伝統と、美しい響きという観点で、迷いのようなものもあったのででしょうか。単に稚拙な・・・とは思いたくないですね。
楽譜は、ChoralWikiから借用しました。
曲目
1. Kyrie
2. Gloria
3. Credo
4. Sanctus
5. Agnus Dei
使用楽器 (A=440Hz)
アルト メック オリーヴ
テナー 全音 チェリー
バス ヤマハ メイプル
Papalinの多重録音で、お聴き下さい。m(_ _)m
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